大阪の老舗の近畿大阪銀行

近畿大阪銀行の変遷

近畿大阪銀行は、明治時代にできた5つの無尽会社(民間の資産家等が資産を出し合って設立した金融専門会社)をルーツとして誕生した銀行です。かつて大阪市内には、交野無尽金融や大阪中央無尽など、比較的規模の大きい5つの無尽会社がありました。その後、この5つの無尽会社を核として、大蔵省によって合併が推進され、近畿無尽が生まれました。

昭和に入って太平洋戦争が勃発すると、全国的に国主導の強制的な金融機関の合併がすすめられた結果、近畿無尽はその他の無尽会社をどんどん吸収し、大阪市内で有数の金融機関となりました。そして戦争が終わってからは、銀行法の改正に伴い相互銀行化がなされ、名称を近畿相互銀行に改めました。さらに平成元年には銀行法の改正が行われたことで普通銀行に転換し、近畿銀行と名称を改めました。

バブル期から平成10年ごろまでは、近畿銀行には大阪銀行というライバル銀行が存在し、顧客の獲得競争が激化していました。しかし、バブルがはじけたことによってそれぞれの銀行も不良債権を抱えました。近畿銀行や大阪銀行でも、不良債権処理のために速やかな対策を講じる必要が生じた結果として、ライバル同士の銀行がともに手を組み、不良債権の処理を加速することとし、平成11年に両行は合併して、現在の近畿大阪銀行の母体が生まれたのです。

近畿大阪銀行となったその後も、さらなる資金面の強化を図るための努力は続けられました。そして、大手の都市銀行であった大和銀行との経営統合に参加し、金融持ち株会社であるりそなホールディングスの100%子会社となり、現在に至っています。りそなホールディングスという資金力を有している金融持ち株会社の配下に入ったことで、近畿大阪銀行は安定した経営のために必要な資金を確保することができ、さらには顧客に対して利益の還元や新たなサービスの提供もできるようになりました。

また、巨大な銀行グループに所属したことで、地方銀行間の争いに勝つための資産を得た近畿大阪銀行は、池田泉州銀行や大正銀行、それに京都銀行などのライバル銀行とも対等に渡り合っています。あわせて生命保険などの保険業務も担うなど、多角経営による顧客の獲得も図っています。

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